そこを見ていてくれたんだ

御言葉と私

こんにちは〜
やっちゃんで〜す😊

今週の主日の御言葉を聞きながら、ふと昔あった出来事を思い出しました。

御言葉の本文はこちら📖

イザヤ書55章9節
「天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。」

そして、
「自分の考えに合わせて生きるのではなく、相手の心に合わせて生き、主神様に合わせて生きなさい」と伝えてくださいました✨

思い出したエピソードは2つあります📝

当時、教会でアカペラグループを作って活動していたのですが、
ある日、練習に向けて、私はいつもより少しだけ念入りに準備をしていました。

何を準備していたのかは、はるか昔のことなので、正直もうはっきりとは思い出せません😅
歌詞の意味を調べていたのかもしれないし、発声のメニューを考えていたのかもしれないし。

ただ一つ覚えているのは、
「これは準備しておいた方がいいな〜」
と、いつもより心を込めて取り組んでいたことです。

練習が終わった後、
みんなで集まって話をしていた時のこと。

一緒に練習していた牧師さんが、みんなの前でこう言ってくださったのです。
「やっちゃん、準備してくれていたね。よかったよ」

私は驚きました😳!
その準備は、自分の中では当たり前のことだったし、
誰からも、そんなふうに「よかったよ」なんて言われるとは思っていなかったからです。

でもその時、驚くと同時に、
「ああ、そこを見ていてくれたんだ」
と、とても嬉しくなりました🥹
長く経った今でもその時の感覚を覚えています。

また、もう一つのエピソードは、
私は昔から、大勢の人の輪の中で話すことがあまり得意じゃなくて、
みんなが話している中、自分から積極的に話すより、人の話を聞いていることの方が多い人だったんです。
「もっと自分の意見を話せる人になりたいんやけどな」
と思いつつも、なかなか変われない自分がいて、もどかしかったのを覚えています。

そんな私に、友人がこんな言葉をかけてくれました。
「やっちゃんみたいな人もいないといけないんだよ。」

当時の私は、自分のことを過小評価していたみたいです。
他人と自分を比較しながら、
話が上手な人や、みんなを引っ張るリーダーのような人の方が価値がある、
というふうに思っていたんですよね。

その友人の言葉を聞いた時は、
正直、意味があんまりよく分からなくて・・・😅

でも、今は、自分では大したことないと思っていることにも大きな価値があるし、それが自分の強みだったりするのだなと気付くようになりました。

振り返ってみると、私はずっと自分の考えで自分を見ていたのかもしれません。

「このくらいのことは当たり前かな。」
「もっとすごい人がいるしな。」
「私ってそんなタイプじゃないしな。」
そんなふうに思っていました。

でも、周りの人が見ていたものは違いました。
そして何より、神様はもっと違う見方をしておられたのだと思います。

私たちは、自分の物差しで自分を測ってしまうことがあります。
誰にも気づかれない努力は価値がないように感じたり、
自分の小ささ、足りなさばかりに目が向いたりすることもあります。
また、人に対しても同じく、自分の物差しで評価してしまうことがあります。

けれど神様の思いは、私たちの思いよりも高く、神様の目は私たちよりもはるかに繊細に、かつ、広くご覧になります。

聞く人がいるから話す人が生きる。
支える人がいるから前に立つ人が立てる。
見えない準備をする人がいるから、みんなが安心して活動できる。

神様は、一人一人の心や個性を本当によく見ておられるのだなと思います。

自分自身も、周りの人も気付いていないことを神様はちゃんと見ておられる。

だから、自分で自分を小さく決めつけないでいたいと思います。
自分の考えに合わせて生きるのではなく、神様の思いに合わせて生きよう、
と改めて感じる今日この頃です☺️

あの日の、
「準備してくれていたね」
という言葉も、
「やっちゃんみたいな人もいないといけないよ」
という言葉も、
神様が私にかけてくださった言葉だったのだなと思います。

神様の思いは、私の思いよりも高い。
だからこれからも、自分の考えだけで自分を判断するのではなく、神様が自分をどのようにみていらっしゃるのかを考えていきたいです。

そして私自身も、人を自分の物差しだけで見てしまうのではなく、
その人の中にある良さや価値を見つけられる人になりたいなと思います☺️

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